長めの話を置いています
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
クヅカ3
 九時三十三分。居間の窓から見える外は真っ暗だった。耳から離した受話器から、「ちょっと待って」というクヅカにしてはあわてた声が聞こえたけれど、僕はそのまま電話を切った。電話の横にある懐中電灯を持って、居間を出て玄関に行く。寝室で眠っているじいちゃんとばあちゃんを起こさないようにそろっと歩いた。
 待ち合わせ場所にしたのは、いつもの橋だった。じいちゃんの家から歩いて五分くらいのところに橋はあって、クヅカの家からも同じくらいのところだった。クヅカが釣りに出かけてしまったときは、僕はその橋の下で待つことにしていた。クヅカは大体朝から出かけて、昼過ぎか夕方ごろに帰ってくる。昼に行ってしばらく待って帰ってこなかったら、夕方にもう一度行く。クヅカがどっちに帰ってくるのかはその日の調子しだいで、夕方、僕が川上のほうをぼーっと眺めていると、クヅカもぼーっとした感じで川沿いの道を歩いてきたりする。クヅカは僕を見つけると一瞬びくっとして、それからにっこりと笑う。「遅い」と僕が言うと、「ごめんごめん」とクヅカは謝った。謝ることなんてしてないのに、クヅカはよくそんなふうに謝っていた。
 玄関で靴をはく。指が少し震えていた。右手の懐中電灯を何となく見つめる。クヅカとあの橋で会う。会う時間が夜ってだけなのに、どうしてだか心臓がいつもより早く鳴っていた。少しだけ怖い気もしたけれど、どこかわくわくもしていた。夜中に出かけるのはしちゃいけないことで、しちゃいけないことってのは楽しいことだったりするのだ。
 玄関の鍵を開けようと手を伸ばしたところで、寝室のふすまが開く音がした。僕は思わずびくっと固まった。
「……タカヒコ、どないした?」
 すぐにじいちゃんの眠そうな声が聞こえた。まずい、と僕は振り返りながら背中に懐中電灯を隠した。寝室から出てきたじいちゃんは、眠そうに眉間にしわを寄せながらあくびをする。僕が黙っていると、じいちゃんは「どうした?」とまた聞いた。
「ん……、なんでもない」
 どきどきしながら僕は口の中で言った。
「なんでもないて……、タカヒコ、靴はいて……」
 じいちゃんはふと黙って、僕をじっと見つめた。あごに手を当てて、思いついたように僕の背中を覗き込もうとする。僕は懐中電灯を見られないように体をよじった。言い訳を考えようとしたけれど、何にも思いつかずに、結局僕は「なんでもない」とさっきよりも大きな声で言い張った。懐中電灯を握る手が汗でべとついていた。
 じいちゃんは僕の背中を覗き込もうとするのをやめて、ふん、と鼻を鳴らしてから口の端でニヤッと笑った。そんな笑い方をするじいちゃんを見るのははじめてで、少し怖くて、でも何となくかっこいい感じだった。
「玖塚さんとこ行くんか?」
 じいちゃんが確かめるように聞いた。僕は目をそらして、少し迷ったけれど、「ん」と小さく頷いた。
「そうか……」
 じいちゃんは呟くと、「ちょっと待っとき」と言って、奥の部屋に入っていった。僕は知らんぷりして出てしまおうかと一瞬思ったけれど、それよりもじいちゃんが何しに奥の部屋に行ったのか気になった。しばらくして戻ってきたじいちゃんは、取っ手のついた赤い何かを持っていた。
「ほれ」
 そう言って渡してきた赤いそれは、懐中電灯だった。僕が電話の横から持ってきたのよりも二回りくらい大きい。交換するように僕は小さいほうの懐中電灯をじいちゃんに渡した。
「気ぃつけてな。あんまり遅なんなや」
 じいちゃんは小さいほうの懐中電灯を受け取ると、その反対の手で僕の頭をぐりぐりと撫でた。
「いいの?」
 僕は顔を上げて聞いた。
「ん? やめとくか?」
「いや、行く」
「……そうやな」
 じいちゃんは頷いて、笑って、「気ぃつけてな」ともう一度言った。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。