長めの話を置いています
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クヅカ2
 どことなくだるいけれど、眠くはなくて、ぼんやりと天井を見つめていた。天井には人の顔に見える木目がいくつかあって、昔はあんなのが怖くて泣いてしまったり、眠れなくなったりしてた。あらためて見ても、やっぱり少し怖い気はする。でも見慣れたものだから、そのせいで眠れなくなることはもうない。
 部屋のクーラーの温度は16℃に設定してある。普通なら寒いと思うくらいの室温だけど、いまはもう暑さも寒さもさほど気にならない。右手を顔の前に持ってきて、ゆっくりグッパと動かした。その動きに違和感はなくて、「あんまり変わらないのにね」と口の中で呟いた。
 左手には点滴の針が刺さっている。刺すときもあまり痛くはなかった。入ってくる液の感触が変な感じだけど、これはたぶん慣れの問題なのだと思う。
 痛みや、肌の感覚が鈍くて弱い。右手で左腕をつかんでみると、手袋をつけたまま触ったときのような感触だった。やっぱり私は死んでいるのだと確認できてしまって、胸の下の辺りがほのかに重たくなる。泣きたいような、笑い出したいような気分。けれど、どこか他人事のようでもあった。他人の不幸を聞かされたときのような。
 私が死んだのは十日ほど前だった。夏休みで、その日は何の約束もなくて、とても暇だった。暇なとき、私はいつも釣りに出かける。釣りは私の数少ない趣味だった。おっさんくさい趣味だとよく言われる。
 帽子に着古した白シャツに短パン。いつも通りの格好で釣り糸をたれていた。蝉の声と川のせせらぎと空の青と真っ直ぐな日差しと遠くの雲と濃い緑のにおい。土のにおい。大きな岩の上に乗り、あくびをして、持ってきたアイスを食べて、もくもくと釣り糸を投げたり、アタリに合わせたり、えさを付け替えたりしていた。釣れるかどうかはさほど問題じゃなく、私はのんびりとした時間と、たまにある微妙な刺激を楽しんでいたのだと思う。
 合わせたときに足を滑らせて、岩で頭を打って、気絶して、川に落ちて、そしてそのまま流された。途中の流れのゆるいところで、岩に運良く引っかかって、たまたま通りがかった役場の堺さんに川から救い出された。ネクロフィリアの堺さんに唇を奪われて胸を揉まれて……と、それは今私が作ったでたらめで、人工呼吸と心臓マッサージを施されて、私は一旦息を吹き返した。けれど、結局は助からなかった。あとから聞いた話では、堺さんは実際必死にやってくれていたそうで、何だか感激だった。聞いたとき、嬉しくて少しにやけてしまったほど。堺さんが若松武史似の素敵なおじさまだというのはこの際関係なく。
 血筋とか家柄とか、ここら辺りの信仰とかの影響で、死んだはずの私はもう一度生き返った。遺体がさほど損傷してなかったのも良かったらしい。多少驚いたけれど、田舎だし、山奥だし、そんなこともあるのかなと思った。生き返ったとき、目の前にいた両親に正直にそう言うと、「この子は……」と涙ながらに抱きしめられた。そんなふうに抱きしめられたことなんて久しくなかったから、何年かぶりだったから、実のところそれにいちばん驚いた。
 点滴は三分の一ほどになっていた。液を全部消費するまであと十分くらい。少し眠たくなってきていた。
 田舎の怪しい力と、この点滴を含めたいろんな薬のおかげで私は生きている。でも、そう長くは持たないらしい。近いうちに、私はもう一度死ぬことになるのだけれど、あまりその実感はない。
 ステーシーという最近読んだ小説を思い出した。15歳から17歳までの少女達が次々と突然死し、ステーシーといういわゆるゾンビになってしまう。その彼女達を再び殺さなくてはならない。ちゃんと殺すために細かな肉片にしなくてはならない。そんな物語。
 グロくて、いかれてて、哀しくて、でも何か忘れられない話だった。私は14歳で、彼女達になるには一年足りない。彼女達が羨ましいとふと思うこともあるし、単純にいやだなと思うこともある。
 あと五分程度で点滴が終わるというところで、ノックの音が聞こえた。ドアのほうに目を向けると、すぐに母が、「いい?」とためらいがちに顔を覗かせた。中に入ってきた母は室内の寒さに軽くぶるっと身を震わせる。この部屋は私の体を腐らせないための冷蔵庫だった。私は起き上がりながら頷き、「何?」と聞いた。
「……どうしようか迷ったんやけどね」
 母はどうも言いづらそうにしていて、私はもう一度、「何?」と先を促して、口元で笑ってみせる。
「中島さんとこから電話が来たんよ」
「……中島さん?」
 その名前には何となく憶えがあったけれど、眠気のせいかちゃんとは思い出せない。
「ほら、毎年お盆に遊びに来てるあの子。美沙子とよく遊んでた」
「タカヒコくん?」
「そう、そのタカヒコくん。……どうする?」
 母が困り顔で聞く。聞かれても困ると思う。どうしよう。私は本来なら死んでいて、普通なら電話になんて出られるはずがないのに。
「タカヒコくんは知ってるの? 私の……こと」
 私が一度死んでまだ生きていることは一部の人間しか知らない。この土地いる親戚と、近所に住んでいる付き合いの深い人。中島のおじいさんは近所に住んでいる付き合いの深い人だけど、タカヒコくんに私のことを伝えてたりするんだろうか。
「わかれへんけど、知ってる思うよ。中島さん嘘つかれへん人やし、それに、ちゃんと教えたらなかわいそうやと思うような人やから」
 確かに。
「……うん」
「いややったらゆうといたるよ」
「ん、や、出る」
 点滴を見ると、あと二、三分で終わりそうだった。
「これ終わったらいく」
 電話は居間にある。
「……ごめんね」
「ん、ううん」
 最近、何でもすぐに謝ってしまう母に首を振った。
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