長めの話を置いています
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スペース5
 人がいないのをいいことに、レジの中で就職情報誌を開いていた。ペラペラとめくって、三十ページほど目を通したところで、一息ついて顔を上げる。すると、すぐにタイミングよくお客が一人入ってくる。
 お客はまず文庫の新刊スペースに張り付き、そのあとハードカバーの新刊スペースに足を向けた。その行動パターンと背格好で、この前ハードカバーを買っていった人だと気づく。確か五日前。ちらりと時計を見ると、この前と大体同じ時間だった。渡会と最後に会ったのも五日前。渡会はこの五日でさらに日焼けしているのだろうなと思う。このお客は一体何の仕事をしているのだろうと、さほど意味のないことをたらたらと考えた。
 お客はハードカバーを手に取り、パラパラとめくり、値段を確かめてまた棚に戻すということを何度か繰り返している。わたしはその人を意識しながら、就職情報誌にまた目を落とした。
 店内は冷房が効いているけれど、レジの中はじんわりとぬるかった。連日の晴天。二時過ぎの陽は少し傾いていて、ちょうどレジ裏の壁が直射日光に晒されている。あと一時間ほどはこの中途半端な気温のままだ。欠伸が漏れそうになり、口を手で覆いながらかみ殺した。
 就職情報誌を閉じて、見るともなしに店内を見渡した。平日の昼間だとしても、もう少しお客の姿があったほうがいいんじゃないだろうか。冷やかしのお客でもいいから。と、勝手にそんな心配をする。ここの経営者である父と話してみようかなと一瞬思うが、その前に自分の就職先を見つけるほうが先だと言われそうな気がしたので黙っておくことにした。
 実際に欠伸が漏れてしまい、慌ててその口を手で押さえた。ちょうどそのとき、バイクの止まる音が聞こえた。渡会かなと思い、何となく入り口のほうに目を遣ると、すぐにその渡会がひょっこりと顔を覗かせた。目が合って、彼女は一瞬びくりとした。わたしは思わず、チッチッと舌を鳴らしたくなった。近所の野良猫にするみたく。
 渡会は口元で笑い、今日は真っ直ぐにすたすたと私のところに来て立ち止まった。近くなった渡会の笑みは、少しこわばっているように見えた。
「引っ越す」
 渡会は唐突に言った。
「うん」
 わたしは反射的に頷いた。言葉の意味を理解するための二、三秒。そのあと、「引っ越すの?」と、かなり頭の悪い発言をした。
「うん、引っ越す」
「そっか……」
「一年待ったし」
「……うん」
「もういいかなって」
「うん」
「一人くらい戻ってくるかなって……思ったんだけどね」
 明るい声。薄く苦い笑み。少しだけ悲しそうな目。
「うん」
「そんなにうまくいかなかったよ」
「……うん」
 頷くことしかできなかった。わたしは渡会の小麦色の肌を見つめる。五日分、また焼けている気がする。元々彼女は真っ白な肌をした線の細い少女だった。けれど、この健康的な肌の色なら、そのイメージは払拭できる。近所のおばさんに心配顔はされない。されにくい。遊びに行って焼けたのなら、いらぬ陰口を叩かれるかもしれないけれど、彼女はガソリンスタンドで働いていて、そのせいで日焼けした。
 心配顔をされないために彼女はガソリンスタンドという職場を選んだんじゃないだろうか。勝手な想像だけど、それほど事実と掛け離れているとは思わない。
 渡会の移動手段は原付バイクで、それを呼び止めてまで世間話をするうわさ好きのおばさんや同級生は少ないだろう。走るバイクを呼び止めてまで、心配しようとする人間なんて想像できない。他人からの「心配」を避けるために、渡会はガソリンスタンドで働き、原チャリで通勤していたんだろうと勝手な想像もする。
 そんなふうに、渡会は待っていたんじゃないだろうか。たぶん、一年間だけ待つことに決めていたんじゃないだろうか。
「でも、そんなに悪くなかったよ」
「……そう」
 わたしは少し目を伏せる。渡会は少し上を向いて、一度深呼吸をしてからわたしの顔を見つめる。
「それから、ありがと」
「……ん?」
 顔を上げて首を傾げるわたしに、渡会は照れくさそうに笑った。
「あんたがいてくれなかったら、きっと、きつかった」
「そう?」
「うん。……つらかった、と思う。ありがと」
「……お礼なんて」
 声が湿った。バカみたいにあっさりと涙ぐまされた。やばい、と思って慌てて顔を伏せた。にじんだ目の端に、渡会のにんまりとした顔が映る。
「泣いた?」
「別に……泣いてなんか……」
 渡会の手が、子供をあやすようにわたしの頭を軽くポンポンと叩く。その手の感触が柔らかくて、本当に涙がこぼれそうになった。
「泣かしてやろうって思ったんだけどね。……でもほんとに泣かしちゃうと、どうしていいのかわからなくなっちゃうね」
「何それ……、むかつく……」
 言い返したその声は、わたし自身の耳にも涙声として届いた。
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