長めの話を置いています
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スペース4
 渡会の弟の部屋の前を通り過ぎて階段を下りる。食器がぶつかり合うカチャカチャという軽い音が一階から聞こえてくる。階段を下りるわたしの足音。この家にはわたしと渡会しかいないということをふいに意識して、つい切ないような気分になる。一階に下りてからリビングに向かう。
 リビングのテーブルにはパスタの入った深皿と、レタスとキュウリとタマネギとリンゴを適当に切ってマヨネーズで適当に混ぜ合わせたサラダと、グラスが二つとビールとチューハイが乗っていた。
「具、何?」
 海老とタマネギはわかる。醤油のにおいがする。
「海老と蛸としめじ。炒めて醤油とお酒で味付け」
「蛸?」
「うん。蛸からいいダシが出る」
「ふーん」
「蛸、すごい水出るから」
「へえ」
 向かい合うようにテーブルについて、わたしはグラスにチューハイを注いだ。渡会はビールだった。わたしも彼女もそれほど酒に強くはないけれど、あったらあったで飲むほうだ。
「乾杯」
「乾杯」
 グラスを持ち上げ、カツンと軽く合わせた。喉を鳴らす。
「いただきます」
「どうぞ。……いただきます」
 手を合わせてから、度会作の和風海鮮パスタにその手を伸ばした。フォークをくるくると扱い、適当に巻きつけた麺を少し冷ましてから食べる。
「……あ、けっこういける」
「……ん」
 渡会は嬉しそうに微笑んだ。彼女も麺を巻きつけて冷ましたあと、口の中に入れる。「あつつっ」と呟いて、慌ててビールに口をつける。パスタの麺はよく冷ましたつもりでもけっこう熱かったりする。わたしが口元で笑うと、渡会は照れくさそうにしながらまたグラスを傾けた。白を基調にした清潔感のあるリビングが目に優しい。その代わりに、少しさみしくも感じる。気が向いたらテレビを点ける。今日はたまたま点けていない。
 渡会の母親は自分の実家に戻るとき、娘も一緒に連れて行こうとした。けれど、娘の渡会笑美は、それに首を振った。理由は、父親を一人残してしまうのが何だか心配だったから。それと、弟が戻ってきたとき、親よりも姉弟がいたほうが話をしやすいだろうと思ったから。去年の夏の終わり、酔っ払った渡会本人から聞いた話。その結果、渡会はひとり取り残された。
 渡会はグラスに二杯目のビールを注いだ。わたしも二杯目のチューハイを注ぎながら、渡会の顔をちらりと横目で眺める。うまくいった料理とアルコールとで、渡会はとても機嫌のよさそうな笑みを浮かべている。わたしはグラスのチューハイを一気に半分くらい飲んだ。
 ふう、と息を吐く。見捨ててしまえばいいのに、とわたしは心の中で呟く。他の家族が手放してしまったものを、渡会が一人で留めている。いちばん気にしなくていいはずの人間が、いちばん囚われている。囚われるべきは、渡会笑美以外の家族なのに。
 けれど、と思う。けれど渡会が見捨ててしまったら、この家は終わってしまうだろう。この場所に「渡会」という家族がいた、その痕跡がなくなってしまう。想像しかできないけれど、それはおそろしく悲しいことなのだと思う。最後に残って、最後に見捨てる人間が、最もつらい思いをする。それはある種当然のことなのだろうけど、やり場のない怒りと苛立ちを覚える。
「……ん?」
 渡会がわたしを見ながら小首を傾げていた。渡会の顔をじっと見つめていたことに気づいて、わたしは軽く笑って、「何でもない」と首を振った。
 わたしは目を細めて、インターホンが鳴るところを想像する。渡会は首を傾げながら立ち上がり、インターホンの受話器を上げ、何かを話してから玄関に向かう。そこにいたのは渡会の家族の誰かで、その誰かはすまなそうに顔を伏せている。そして、渡会と幾つか言葉を交わしたあと、気まずそうに謝る。渡会は少し戸惑いながら、でも嬉しそうに首を振る――。
 そんなくだらない人情ドラマのようなシーンを想像した。そんな安っぽい感動的な展開を、わたしはどこかで望んでいた。
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