長めの話を置いています
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クヅカ8
 夜。ロウソク。懐中電灯。車のヘッドライト。
 照らされた人影が気ままに動いている。ぼんやりとした四つの影。小さな女の子の人影にロングスカートの人影がまとわりつき、いちばん背の高い人影に男の子の人影が蹴りを入れ、蹴り返された。
 私はその四人をよく知っている。でも、いつの間にか知らない誰かに入れ替わっているんじゃないかと、そんな想像をする。マユちゃんとカズミ。アヤコとタカヒコくん。初対面同士なのだけれど、仲良くやっているようだった。
 車のほうを向くと、私の両親とタカヒコくんの祖父母がいて、四人でのんびりと雑談をしている。何を話しているかは遠くて聞こえない。私の話かもしれないし、まったく別の話かもしれない。私はひとりぽつんとクーラーボックスに座り、スイカバーをかじっている。花火の途中、疲れたので少し離れたところで休憩している。
 マユちゃんが花火を手に取り、ロウソクのほうに近づいていく。花火の先に付いた小さな紙にロウソクの火を移し、じっと見つめる。すぐにパチッと火花がはじけ、シューッと白い光が噴き出す。彼女は立ち上がって、空中でその光をぐるりと回した。それからゆっくりと丸や三角を描いていく。楽しそうな様子が見ていて微笑ましかった。
 煙とともに火薬のにおいが漂ってくる。ロウソクの近くと、私のすぐ横に水の入ったバケツがあって、役目を終えた花火がそこに何本も浸っている。私はあくびをし、クーラーボックスの端に手を突き、少し体を斜めにした。
 映画を観た日の夜、中島のおじいさんが本物のスイカを持ってやってきた。おじいさんは、私とタカヒコくんが途中の橋で待ち合わせをしたことを知らなかった。「てっきり玖塚さんとこに行ったかと思っとった」と頭をかき、それから、「女の子を夜中に出歩かせてしまってすまない」と頭を下げた。特に危ないこともなかったから別にいいのにと思ったけれど、おじいさんの顔が真剣だったので、「いやそんな別に」と顔の前で手を振った。するとおじいさんは少しほっとした顔を見せて、そのあと申し訳なさそうにタカヒコくんのことを話した。
 タカヒコくんはお盆休みが過ぎたら両親と一緒に帰る予定だったのだけれど、それを嫌がり、ごねて、夏休みの間、中島のおじいさんの家に留まることにしたのだそうだ。毎年中途半端な夏休みの宿題をちゃんとやるという、私なら「うえぇ」と思う交換条件を飲んだらしい。タカヒコくんが何故そんな行動をとったのか、理由は聞かなかったけれど、私のことがあったからだろうと簡単に想像できる。
「気ぃ悪せんやったらまた遊んだってくれんかな」とおじいさんはまた頭を下げた。両親は顔を見合わせたあと、私を見やった。おじいさんも私を見つめた。六つの目にせかされ、私は混乱したまま頷いていた。
 それから毎日のようにタカヒコくんに会った。何故かマユちゃんも一緒についてきた。マユちゃんも夏休みの間ここに留まるらしい。両親はつれて帰ろうとしたのだけれど、彼女は兄のシャツをぎゅっとつかんだまま放さなかったそうだ。頑固な兄妹もいたものだなぁと思う。
 やがて花火は燃えつきて、色鮮やかな光がひとつ消える。交代でカズミが花火に火を点ける。マユちゃんは火の消えた花火を持って、こっちに近寄ってくる。立ち止まって、水の入ったバケツに花火を投げ入れる。水の中で花火がジュッと鳴った。
 クーラーボックスに座っていると視点が低くなる。マユちゃんが私をじっと見つめている。いや、私じゃなく、たぶん私の口元にあるスイカバーを見つめているのだろう。「食べる?」と差し出すと、彼女はこくりと頷いて、シャクッと赤いアイスをかじった。むぐむぐ口を動かしながら私の太ももに手を置いて、そのまま這い上ろうとする。仕方なく私は彼女の腰に腕を回し、持ち上げて膝の上に座らせる。太ももとお腹に彼女の体重と体温を感じる。スイカバーを口のところに持っていくと、またシャクッとかじった。足をぶらぶらさせている。しばらくそのままでいたけれど、ふといたずら心が湧き起こって、私は目の前にある細い首筋にすっと指を滑らせた。
「ひゃっ」
 短い悲鳴を上げてマユちゃんは身をよじる。彼女は首を反らして私の顔を見上げると、にへーと笑った。
「おねえちゃん、つめたい」
 子供の体温は高く、死体の体温は低い。私は「そう?」と聞きながら、今度はぺたぺたとそのゆるんだ頬を触った。マユちゃんの頬はすべすべで柔らかい。私の指先はまだ感覚を伝えてきてくれている。「つめたいつめたい」と彼女は嬉しそうな悲鳴を上げた。
 そんなふうに遊んでいると、黒く焦げた花火を持ってカズミが歩いてきた。ジュッという水の音。私をちらりと見たその目が、「いいなぁ」と語っていた。「いいなぁ、マユちゃんに懐かれて」と。
 カズミはマユちゃんに一目ぼれをしたようで、ずっとまとわりついている。前からそれっぽいなとは思っていたのだけれど、どうやら本当にロリコンだったらしい。お願いだから犯罪者にはならないでおくれと心の中で祈りながら、「うらやましい?」と口の端で笑ってみせる。カズミは「くっ」と呻いて悔しそうに唇をかんだ。
 ロウソクの近くではアヤコとタカヒロくんがじゃれあっている。アヤコは男っぽいところがあるから、タカヒコくんみたいな男の子とは気が合うのだろう。仲良く花火をやっていたかと思うと、突然タカヒコくんがアヤコに組み付く。そんなタカヒコくんを、アヤコはどこかのガキ大将のように乱暴に扱った。引きはがして蹴りを入れ、けれどタカヒコくんも蹴り返す。その光景に男の友情みたいなものを感じたりする。一度拳を交えたらダチ、みたいな。
 一本のスイカバーを三人でかじった。棒だけになったところで、「休憩終了ー」と膝からマユちゃんを下ろした。また花火をやりにいく。マユちゃんが私の手を取って引っ張っていく。むくれたカズミが、マユちゃんのもう片方の手を握った。
「……水のにおい」
 歩きながらマユちゃんが言った。いつの間にか私の手を鼻のところに持ってきている。兄妹二人ともにおいを嗅ぐくせがあるみたいだ。
「水……?」
 私はつないでいないほうの手を嗅ぐ。タカヒコくんはタンスのにおいと言った。なんだろう、塩素のにおいだろうか。
「プールのにおい?」
 私はマユちゃんの顔を覗き込んだ。彼女は首を傾げ、「うーん」と唸る。上手く説明できないみたいだ。
「水のにおい。……川のにおいかな」
「うぉっ」
 カズミがいつの間にか私の背後に来ていた。私の肩辺りでスンスンと鼻を鳴らしている。カズミにはこういう得体の知れないところがあって、ときどきすごく驚かされる。
「ミサコ、釣りばっかしてるから、川のにおいがしみついてる」
「んー、そう? そうかなぁ」
 火薬のにおいがする。花火のにおい。私に気づいたタカヒコくんがすぐに寄ってくる。カズミがマユちゃんに花火を渡す。アヤコは二人を見て、目を細めて笑う。
「水のにおいだって」
「ん?」
 タカヒコくんは不思議そうに私を見上げた。彼は男の子だけれど、まだ私のほうが頭半分くらい高い。
「マユちゃん、水のにおいだって、私」
「……ふーん」
 また肩に顔を寄せられる。よくにおいを嗅がれる日だと思う。慣れてしまった感じもする。肩のところにある彼の頭を、私は少し乱暴に撫でた。指の間を滑っていく短い髪の感触が、ちょっとだけ気持ちよかった。
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